四戸哲:八谷和彦対談

オープンスカイプロジェクトは、「個人的に飛行機を作ってみるプロジェクト」です。このプロジェクトは実際に飛ぶ機能を持った「パーソナルジェットグライダー」を作るのが最終的な目標なのですが、現在製作中の実機「M-01」および「M-02」の設計・製作は(有)オリンポスの四戸哲さんを中心に行われています。

この機体、ご覧のとおり無尾翼機で、しかも無尾翼機の定番的な設計からもはずれていますから、一見すると「これで本当に飛ぶの?」という感じです。

しかし実はその裏に理論的な裏付けや安定して飛行するための様々な工夫があります。実際、このプロジェクトでは基本設計終了後もペーパークラフトや木製の1/5模型など、様々な模型が度々作られては実際にテストに使われており、最終的な設計に反映されているのでした。そしてもちろん、お買いあげいただいたこのペーパークラフトも、丁寧に作って、しっかり調整すればちゃんと飛びます。

ということで、今回はペーパープレーンのオマケに、設計主幹の四戸さんとメールで対談してみました。



八谷 こんにちは。まず最初に、手短に四戸さんご自身の自己紹介とオリンポスのご紹介をおねがいします。


四戸 よろしくお願いします。私は、典型的な模型飛行機少年でした。大学では、航空工学を学びましたが、卒業しても自分の作りたい飛行機を作れる企業がありません。そこで、後先考えずに会社を興してしまいました。それが、オリンポスです。


八谷 最初、たしか2003年の夏頃、僕が「メーヴェの実機を作りたいんです、やっていただけませんか?」ということを告げたとき、率直なところ、どう思われましたか?


四戸 高校生の時でしたか、妹が愛読していた『アニメージュ』という雑誌で、メーヴェを目にした時、「これは、実際に飛ばせるな…」と直感した事を覚えています。いつになるかはわからないけど、機会があったら作ってみたいな、と。八谷さんからお話があったときは、別の機体の開発中でしたが、今がその時だと即断しました。八谷さんの意欲に乗っかったカタチですね。


八谷 そのときに2003年春に僕がつくった1/2RCジェットの映像もお見せしたと思いますが、その機体に関して、どう思われましたか?


四戸 スミマセン。冷淡に聞こえるかも知れませんが、技術的にはあまり関心が持てませんでした。航空の技術史の中で、『無尾翼機』自体は完結していますし、模型用のタービンエンジンも、既に普及していましたから。しかも、あの形態では『メーヴェ』として納得できない人が多いのでは?と感じていました。一方、それでも実際、あれを作るには相当な覚悟が必要だったのは想像できましたから、八谷さんが本気である事は、1/2RCジェットを通して確信しました。


八谷 ちなみに、四戸さんは宮崎駿監督の描く各種の航空機について、どのような感想をお持ちですか?


四戸 ともかく、飛行機をよく知っているなぁ、と思います。特に、古典機についての知識は相当なものですね。製作プロセスまで描ける作家は、他にいないのではないでしょうか。好きか?と聞かれると、工学屋としての自分が前へ出て、ちょっとウーン…といったところですが、比類無い独創性は強く感じます。


八谷 では、最も読者が知りたいと思われる、現在製作中の機体、「M-01」の特徴について解説おねがいします。


四戸 さっきの意見で、唯一例外なのは『メーヴェ』です。この機体だけは、工学的に合理的な形態をしています。一見、複雑に見える翼の平面形も、上下に折れ曲がったガル翼も、見掛け倒しではありません。垂直尾翼が無く、かつエルロンが内側翼にしかない無尾翼機では、あの形態でないと、ちゃんと飛ばないのです。驚くべき事に、宮崎氏のメーヴェは、航空力学的に完結したデザインなんです。


八谷 通常の形態の航空機と違い、無尾翼機ということで設計上もいろいろ困難があったと思いますが、そのへんも教えてください。(多少難しい話になってもかまいません)


四戸 単なる無尾翼機なら、ワケはありませんが、『宮崎メーヴェ』のイメージを保ったままで、ちゃんと飛ぶ事に拘りました。具体的には、安定性と操縦性を満足する翼平面形と、上反角下反角の組み合わせを探る作業に多くの時間を割きました。垂直尾翼が無いため、方向安定を得るには、外側翼の大きな後退角が不可欠です。しかし、この大きな後退角は、過大な上反角効果を発生してしまうため、打消しのための下反角が必要になります。もし適当な下反角を付けないと、ちょっとした乱気流でも暴れて操縦できなくなってしまいます。多くの後退角無尾翼機が下反角を持っているのはこのためですが、メーヴェはこの傾向が極端に強いため、必要な下反角が、かなり大きいのです。しかし、単に大きな下反角を付けると、今度は翼端の地上クリアランスが不足してしまいます。そこで、効果の弱い付け根では上反角を、途中からは強い下反角を与える事で、良好な操縦性を得ています。結局、メーヴェを特徴付けているガル翼は、メーヴェにとって不可欠なんです。


八谷 また、実際の機体の製造にあたっても、困難な点もかなり多かったように思います。一番苦労された点はどのあたりでしょうか。


四戸 翼が、縦にも横にも折れ曲がっている上に、捩らねばなりません。その上、至る所が3次元的な曲面で構成されていますから、もう、「これでもかっ!」て程に構造設計が複雑で困難です。単なるオブジェでも結構大変だろうと思いますが、飛行機としての強度と軽量さを維持しなくてはなりませんから、強度設計に割いた時間は、過去最長だったと思います。設計、製作とも、同級機の3倍の時間が必要でした。(途中、正直かなり後悔しました。)


八谷 出来上がった機体で、最も四戸さんが気に入っている点はどんなところですか?

僕は木製羽布ばり単発ジェットという通常あり得ない形式で仕上がったことと、ガル翼の美しい機体になったことが、とても気に入っているのですが。


四戸 その点は、私も同感です。構造様式も、古典機的な木製構造と現代的なコンポジット構造が混在していたり。決して、奇をてらった結果ではありませんが、およそ既成概念とはかけ離れたマシンになっちゃったなァ、と思っています。


八谷 今僕の手元には、四戸さんが2003年10月4日製作したペーパープレーンがあります。これを作って飛ばしたとき、どんな感じでした?予想通りだったのでしょうか?


四戸 先に話した通り、メーヴェの空力的なバランスは、随分以前から読めていましたから『宮崎メーヴェ』がちゃんと飛ぶことに、疑問はありませんでした。ただ、実際にペーパープレーンを飛ばしてみて、限界姿勢、つまり、これ以上バランスを崩すと回復できない、という姿勢の限界が、想像より厳しい印象を持ちました。実機でも、この点に注意が必要です。


八谷 それと、今回ペーパークラフトを作る人に対して、アドバイスや調整のコツなどを教えてください。


四戸 操縦するわけではないので、上反角、下反角の量は、大体合っていれば構いませんが、ともかく左右が対称になるように注意してください。ねじりも同様に、左右の対称性が最も大切です。重心は、指定の位置から大きくずらさない方が良いでしょう。思うように飛ばない時は、ジーッと、正面から睨んでください。必ずどこかが左右で違っているはずです。


八谷 僕のようなアーティストと組んでやるようなプロジェクトは四戸さんのいつものお仕事と勝手が違っていた点も多かったと思います。今回のプロジェクトで、なにか感じたことなどありましたら教えてください。


四戸 「メーヴェを実際に飛ばしたい」という企画が、いわゆる飛行機屋から出ることはなかったと思います。私も、八谷さんからお話を頂いてから、本当に乗れるメーヴェを見たい、という人が数多くいることに改めて気付かされました。機体そのものが、商品として成立する可能性は薄いですが、「見たい!」という要求に応えるには、八谷さんのような立場(アーティスト)の方の、強い意欲が無くてはできないことでしょうね。


八谷 僕に対して要望などありましたらおしらせください。なるべく努力します。


四戸 今回の作品を通じて、多くの少年少女を驚かせて欲しいですね。で、そこから、アートを支える工学の素晴らしさを知る機会を作って頂けたら嬉しいです。装飾で、お茶を濁せる余地のある車や船と違い、飛行機は、終始真剣勝負だけど、それでもここまでやれるんだぞ!ってことが伝われば最高です。


八谷 あ、あと航空に関わる人の中で、尊敬している人とか好きな人がいますか?

ちなみに僕はサントス・デュモンやサン=テグジュペリが割と好きなのですが。最初から産業として航空を捉えていたライト兄弟に対して、もう少し別の方向の・・・つまり、人間の可能性を拡張するツールとして飛行機を考えた人たちがいて、そちらは今はあまり鑑みられることがなくなっているのですが、過去にはそういう人たちがいた、ということになにかロマンを感じていて。ロマンチックすぎるかもしれませんが。


四戸 尊敬する人、というと、どうしても工学系の人物に偏ってしまいますが、敢えてジャンルをずらせば、サン=テグジュペリなどは、好きな小説家のひとりです。あと、大学時代の恩師ではありますが、エッセイストとしての佐貫亦男氏もいいですね。


八谷 もうまもなくテストフライトですが、それに関しての四戸さんの今のお気持ちなどを。


四戸 そうですね。やはり、一発目は緊張すると思いますよ。機体の基本的なバランスには、あまり心配はしていませんが、操縦系には特殊な方式を採っていますので、パイロットの感覚とマッチするか、少々気になってはいます。でも、基本的には楽観しています。テストフライトの教訓として、「懸念個所の十や二十は、すぐに挙げられるが、実際に起きるトラブルは、それではない事もわかっている」というのがありますしね。


八谷 少々重めの質問もします。現在、日本ではほとんど飛行機が作られることがなくなっています。

ハンググライダーも、パラグライダーも、グライダーも、飛行機も。それに対し、僕は少々寂しい気持ちを持っています。

四戸さん、どうすれば、もう少し国内で飛行機は作られるようになるのでしょうか?あるいはもはやそんな必要はないのでしょうか?


四戸 経済効率的側面から、飛行機の自主開発を否定する意見がありますが、それは、本末転倒な見解です。作りたいという、根源的な意欲が失われたから、作れなくなったのであって、効率が先立って作らなくなったのではありません。現にブラジルやポーランドなど、およそ経済大国ではない国々から、優れた機体が生まれて、商業的にも成功しています。日本は悪循環のただ中にいるように思います。作る意欲を支える環境が消え、次の世代を触発する人材も減り続け、更に環境は悪化する…。皆、自分は、いったい何が心地良いのか、わからなくなっている印象です。志ある人が、ワークショップのようなものを定期的に開き、目の前で作って見せるのは、効果的だろうと考えています。気長に見えますが、結局これが近道でしょう。回り始めれば、一気に火が点くと思いますよ。飛行機に限った話ではありませんけど。


八谷 最後に、この機体を今後どのように使うことを四戸さんは希望していますか?

個人的には、「乗ってみたい!」とおっしゃる人が予想より多いので、ハングの訓練をやった上で、バンジー発航を体験してもらえるようなスクールを夢想しているのですが。そういう可能性ありますかね?


四戸 まだ、何とも言えませんが…。初めて乗る自転車程度の難しさはあると思うんです。何度も転んで、イテーッ!って練習できれば良いのですが、飛行機ですと、そうもいきません。だんだんに飛ぶ、ということができないのが、飛行機の難しいところです。とはいえ、複座のメーヴェは、ちょっと…。ゴメンなさい、この回答は、またテスト飛行が終了してからにさせてください。


八谷 ありがとうございました。


いままで約2年間の作業の合間に、実はこういう話をいっぱいしているのですが、その一端でも、読者の皆さんに伝わるのを期待して、この対談を企画しました。

四戸哲さん、そしてオリンポスの山崎宏二さん、本当にありがとうございます。

注:この対談は、ペーパープレーンの説明書の付属物として2005年8月に制作されたものです。

2003年製作の1/2 RCジェット。一応飛んだが、操縦はかなり難しくなってしまった。

製作およびフライヤーはエアボードの製作にも関わったカミスモケイの大塚達実氏。

一番最初に作られたバルサ製の模型。ガル翼とは、カモメの翼のように途中で折れ曲がった翼のこと。実機としては古典グライダー機であるミニモアなどが有名。

注:このプロジェクトは八谷和彦が、 八谷個人の責任において「実際に乗れる一人乗り飛行装置」を開発・試作してみるプロジェクトであり、既存のマンガ・アニメーション作品やその製作会社とは一切関係ありません。したがって、このプロジェクトにおいて万一事故等のトラブルがあった場合は、その責務は全て八谷やペットワークスおよび当該プロジェクトメンバーが負うべきものであることを明記しておきます。

また、このペーパープレーンも、ペットワークスおよびオリンポス以外の会社とは関係ありません。

M-01の内外翼は木製で、その上にフィルムが貼ってある。写真は内翼の構造体。

現在、木で作られる飛行機はほとんどないが、木は上手く使えばかなり軽くて丈夫な機体も作れる。外翼前縁および胴体ポッドはコンポジット(FRPなどを使った複合材)で出来ている。

組み立てられたペーパープレーン

(現在は販売終了)

左 四戸哲 (有)オリンポス代表取締役。 

オープンスカイプロジェクトでの 機体の設計主幹

および実製作も行う。 1961年青森県生まれ。


右 八谷和彦 (株)ペットワークス代表で アーティスト。 オープンスカイプロジェクトの責任者。 当然自分も乗るつもりの39歳。体重51kg。(2005年8月現在)